本項ではセルロースならびにその酵素合成に係る評価、測定技術について概略をまとめる。
セルロースの酵素合成法の一つに、1-リン酸化単糖類(Monosaccharide 1-phosphate)を原料とし、加リン酸分解酵素(phosphorylase)の逆反応を利用した方法がある。この方法の場合、単糖類が1つ付加するのに伴い、無機リン酸が1つ生じる。このため、この無機リン酸の生成量で、合成反応量を定量することが出来る。無機リン酸量は、マラカイトグリーン試薬を用いた市販の測定キットを、反応溶液に加えて一定時間放置した後、620nmの吸収で測定する。
溶液中のセルロース量を定量する方法としては、大きくは3種ある。(1)酸分解法は硫酸処理で分解してフルフラール誘導体とし、発色試薬と反応させて呈色させ定量する。例えば、アンスロン・硫酸法では加熱処理で青緑色を呈する。フェノール・硫酸法では橙黄色を呈する。(2)酵素分解法ではセルラーゼで分解し得られたグルコースを定量する。(3)熱分解法では、熱分解精製物を炭素分析やGC-MSで定量する。
単糖類からのセルロースの酵素合成過程では、反応溶液中に二糖類のcellobiose、三糖類のcellotriose、四糖類のcellotetraose、五糖類のcellopentaose、六糖類のcellohexaoseなどの多糖類が共存する。合成反応の解析では、これらの量比を検討する場合がある。高分解能の陰イオン交換クロマトは、これらを分離定量することが可能である。
単糖類からのセルロースの酵素合成過程では、重合の程度(degree of polymerization)(概ね8~20)を検討する場合がある。高分解能のゲルろ過(Size-exclusion chromatography)では、重合の程度に応じた量を定量することが可能である。
単糖類からのセルロースの酵素合成過程では、重合の程度(degree of polymerization)(概ね数個~十数個)を検討する場合がある。質量分析(MALDI-ToF-MS)では、重合の程度に応じた量を定量することが可能である。
双極子モーメントを持つ分子は、その振動に応じて特定の波長の赤外線を吸収する。この赤外線吸収スペクトルは、化合物分子に固有であり、またその並列によっても固有である。この性質を利用して、セルロース結晶の型(I、II、III、IVがある)を知ることが出来る。
原子や分子にX線を照射するとX線を散乱する。 概ね10°以下の小角度の散乱(SAXS)では、その散乱強度のパターン解析から、溶液中の分子の巨大集合体といった粒子の、慣性半径、最大長、粒度分布、相互作用パラメータ(第2ビリアル係数)を求めることができる。また粒子の形状予測(例えば球状、ロッド状、中空など)も可能である。
SAXSより高角度の散乱強度解析(WAXS)では、原子や分子の周期性に依存した回折をする。すなわち周期性の単位である単位格子の種類や大きさ、原子の種類、分子の構造と、入射X線の波長、単位格子に対する方向に依存した方向にX線は回折する。粉末にした結晶の場合には、回折を引き起こす単位格子の方向が3次元空間中で等方的であるため、回折像は同心円上になる。しかしそのパターンは物質や結晶相に固有であるため、その同定に利用することが出来る。
この性質を利用して、セルロース結晶の型(I、II、III、IVがある)、結晶化度(結晶とアモルファスを含む成分中の、結晶化している成分の比率)を知ることが出来る。また回折ビークの半値幅から薄板状結晶の厚みについて知ることが出来る。
試料が粉末ではない3次元的な単結晶の場合には、回折を引き起こす単位格子の方向が3次元空間中で特定の方向であるため、回折像は点からなるパターンとなる。結晶を回転させるなどの方法でX線の入射角を変えて得た、多数の回折パターンをもとにした解析から、単結晶を構成する分子の構造を求めることが可能である。
固体炭素13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルでは、結晶性のセルロースとアモルファスのセルロースが異なるケミカルシフトを示す。これを利用して、結晶化度(結晶とアモルファスを含む成分中の、結晶化している成分の比率)を知ることが出来る。
結晶化したセルロースは、鎖状の分子に平行な方向(薄板状の結晶に垂直な方向)を遅軸(屈折率が大きい方向)とする複屈折性を示す。偏光顕微鏡ではこの複屈折性を色の変化で観察し、試料中のセルロース分子の配向状態を知ることが出来る。複屈折による色の変化は、偏光顕微鏡の試料と偏光板の間に、光路差を変える鋭敏色検板を入れることで強調される。
セルロース構造体の表面の微細構造の観察では、走査型電顕(Scanning Electron Microscopy)での観察が可能である。試料は急速凍結後、凍結乾燥し、白金を表面に薄く蒸着させたのち画像を取得する。数nmの構造まで観察することが出来る。
原子間力顕微鏡(AFM)は、試料表面と走査型探針の原子間に働く力を検出して、試料表面を可視化する顕微鏡である。空間分解能は探針の先端半径(nm程度)に依存して高く、原子レベルの構造を見ることが出来る。 この性質を利用して、薄板状のセルロース結晶の形状などの詳細を知ることが出来る。
透過電子顕微鏡(TEM)は、電子線を薄い試料に照射、透過した電子線の強弱から対象試料を観察する。試料中の成分の違いにより電子線の透過率が異なることから、それが顕微鏡像となる。透過率の差が少ない成分から構成される試料の場合には、重原子を結合させることでコントラストを高めて観察する。数nmの分解能がある。この結果、セルロース結晶の形状などの詳細を知ることが出来る。
またTEMは、対象試料に周期構造がある場合、電子線回折像を得ることが出来る。この回折像からは、周期性の単位である単位格子の種類や大きさを知ることが出来る。