酵素合成した非天然のセルロースには、自然界で生成したものと比べて、より均一で不純物が少ないという特徴があります。そのため、新しいテイラーメイドの材料開発を目指して、合成条件を工夫しながら、さまざまな形態のセルロースの合成が試みられています1)。
その中で、セロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)(EC 2.4.1.49)は、in vitroでのセルロース合成に利用されている主な酵素の1つです1)。CDPの3次元立体構造は、O’Neillらによって2017年に解かれ、Protein Data Bank (PDB)に登録されています(PDB ID: 5NZ7)2)。CDPはセルロースの合成・分解に関わる加リン酸分解酵素の1つで、セロデキストリン(セロオリゴ糖)の加リン酸分解を触媒しますが、一方、酵素の逆反応を使えば、高濃度のα-D-グルコース-1-リン酸(α-G1P)のもとでα-G1Pをグリコシル供与体とし、セロビオースやグルコースなどを主要なアクセプターとして、セルロースを合成することができます。グリコシル供与体は、アクセプターの非還元末端とβ-1→4-グリコシド結合を形成します。合成条件によって、重合度(DP)が短くて可溶性のセルロースや、DPが長くて不溶性のセルロースが合成されることがわかっています3,4)。酵素合成によって「ボトムアップ」方式で生成されたセルロースは、天然素材の「トップダウン方式」処理では得られないセルロースであり、セルロースの利用範囲を広げる可能性があります。
宇宙で結晶化実験を行うと、微小重力下での沈降と対流の抑制により、結晶の品質が向上することが知られています。これにより、地上で得られるよりも均一な結晶が得られ、より高品質のX線回折データを得ることができます。国際宇宙ステーション(ISS)で成長した半導体合金の結晶も、地上で成長したものよりも優れた品質を示し、ISSで成長したNaCl結晶は、地球で成長した結晶とは異なる形態を持っていました。一方、微小重力下でのセルロースなどの有機ポリマーの合成と結晶形成はまだ研究されていませんでした。
久我らは世界で初めて、ISSでCDPを使ってセルロースII型を合成し、地上で同条件で合成したセルロースと比較することで、セルロースII型の高度に秩序化された構造の形成に、重力が与える影響を調べました5)。その結果、宇宙で合成されたセルロースは、地上で合成されたセルロースのような凝集体を形成しないことがわかりました。特に、小角X線散乱実験(SAXS)により、宇宙で合成した場合には均一性が高いことが示されました。また、走査電子顕微鏡観察(SEM)により、宇宙で合成したセルロースがマイクロメートルスケールの微細な超分子ネットワーク構造をもっており、これは地球に戻った後も十分な強さで残っていることがわかりました。
これらの結果は、重力がセルロースII型の結晶の沈降とネットワーク構造の構築に影響を与えており、宇宙でのセルロース合成がユニークな材料の設計に役割を果たす可能性があることを示しています。
【参考文献】