本プロジェクトの研究代表者を仰せつかっている、東京大学の五十嵐圭日子(きよひこ)と申します。何かしらのご縁でこのページを訪問して下さった方に、まずはお礼申し上げます。
私の研究室では長年、タンパク質の高品質な結晶を作るために宇宙(難しく言うと微小重力下)での実験を行ってきました。研究開始当時は、地上でもできる実験をなぜわざわざ宇宙でするのか、とか、最近の加速器の進化を考えると、そんなに高品質な結晶を作る必要はあるのか、というようなコメントも頂きましたが、高品質の大型結晶が必要となる中性子結晶構造解析との融合などを試したりして、淡々と成果を積み重ねて参りました。個人的には、自分が宇宙へ行くわけでもないですが、国際宇宙ステーション(ISS)で実験をするという壮大さ、自分達が調製したサンプルが衛星軌道上をグルグルまわっているという不思議さなどを感じながら、研究を楽しんでおりました。
一方で、私が研究で扱っている酵素は、脱炭素社会を目指すために今後利用が望まれているものが多く含まれているので、自然な流れとして「宇宙船地球号」という概念に関して思いを馳せるようになりました。宇宙で行う実験は、地上とは関係がないように思えるかも知れませんが、地球そのものが宇宙に浮かんでいるやや大きめな宇宙船であり、その中での資源循環や物質収支は、ISSのそれと大きさ以外の違いはほとんどありません。つまり、ISSは地球のミニチュアとも言えるわけです。そこでどのようにものを作り、どのように人間が生きていくかが考えられなければ、地球で私たちが持続的に生きていくことも難しいと言えます。
本プロジェクトは「宇宙でバイオ有機素材を作ってみよう」という、文字にすると単純なことをやってみるのが幹となっています。しかしながら、私達が現在、地上でどのように素材を作っているかを考えれば、これが非常に難しいプロジェクトであることが分かっていただけるでしょう。例えば、宇宙船でプラスチックを使おうと思った時、将来的にもずっと地球の中から掘り出された石油をプラスチック原料(ナフサ)にして、さらに化学反応をさせてプラスチックを作って宇宙に送るのでしょうか?原料に持続性はあるのでしょうか?加工するためのエネルギーはどこから供給するのでしょうか?このような課題が、実は今の地球上の私達が暮らす社会とまったく同じであることに、皆さんも気づくと思います。このような「もの作り」の仕方は、今後立ちゆかなくなってしまうので、私たちは新しいもの作りの方法を手に入れないといけないのです。
本プロジェクトでは、自然界のもの作りを参考にして、酵素と微生物を使って宇宙でバイオ素材を作り、さらにそれらを循環させることにチャレンジします。長年、微生物で素材を作って来られた北海道大学の田島健次先生、セルロース等バイオ素材の分析を得意とする京都大学の今井友也先生、宇宙実験に関する技術開発のプロフェッショナルであるコンフォーカルサイエンス社の皆さんと一緒に、宇宙でのバイオ素材作りに取り組みながら、地球でのもの作りを考えることを目標にしています。ぜひ皆さんも一緒に、循環型のもの作りを考えてみましょう。