北海道大学工学部の田島です。
私自身学生時代から今日に至るまで、バクテリアにおけるセルロース合成機構の解明およびバクテリアセルロース(BC)の応用に関する研究を行っております。
ご存じの通りセルロースのほとんどは植物によって合成されますが、酢酸菌などのある種のバクテリアもセルロースを合成することが知られています。地球上でセルロースを最初に合成したのは、光合成細菌の一種であるシアノバクテリアであるといわれています。シアノバクテリアがなぜセルロースを合成するようになったかは定かではありませんが、光合成を行うことによって、セルロースの原料となるグルコースを自分自身で作り出すことができたわけです。そして、シアノバクテリアが獲得したセルロース合成の能力は、植物にも受け継がれています。植物は進化の過程において細胞壁の構成成分の一つとしてセルロースを使うようになり、ヘミセルロース、リグニンなどの他の物質と複合体を形成することによって非常に優れた複合材料として自身の生育を支えています。そして最終的に植物体を材料として活用している我々人類も大きな恩恵を受けています。このようにセルロースは進化の過程で生物によって選ばれた特別な素材の一つであり、人間にとってもなくてはならない物質となっています。
今回我々は、微小重力空間でのバクテリアセルロース合成に世界で初めて挑戦します。どのような形態のセルロースが出来るか分かりませんが、ここで得られる成果は、地上におけるセルロースをベースとした新しい材料の設計や宇宙におけるサスティナブルな新しい材料調製につながると考えています。
京都大学生存圏研究所の今井友也と申します。この度,東京大学の五十嵐先生にお声がけいただき,この宇宙セルロースのプロジェクトに参画致しました。
私の研究対象は木材をはじめとする生物素材です。人間は数万年以上にわたり木材を継続して使っています。同様に木本植物は,自身の体を支える材料として二次木部(=木材)を発達させ,数億年継続して使い続けてきました。したがって木材という生物素材は,地球環境に素晴らしくフィットしてきた材料であると言えます。その生物素材を構成する成分分子の代表が,本プロジェクトで対象とする「セルロース」になります。セルロースは高分子であり,複数の分子鎖が規則正しく集合した高強度繊維構造を持ち,細胞壁の強靭な性質の基礎となる骨格成分です。このような高分子集合体が酵素反応,すなわち常温常圧水系溶媒下で合成される事実は,生き物のモノづくりの神秘そのものではないか!と考え,地球上でのセルロース合成の研究を進めております。
本プロジェクトは,「宇宙でセルロースを作ったらどうなるんだろう?」というプロジェクトです。五十嵐先生に声をかけていただいたときは,「ついに無重力で分子を並べる研究がセルロースにまで至ったか! そして自分がそれに関与するとは!!」という驚きで一杯でした。一見,突拍子もない研究にも思えますが,宇宙旅行や火星移住など,20年前はまさにSFだった計画を耳にすることが昨今格段に増えていることも事実であり,人類の生活圏として宇宙を視野に入れる時代が確かに来ています。このような背景において,無重力あるいは高い宇宙線量環境で,地球上で成功を収めた生物素材・セルロース(の合成能)がどのような挙動を示すのか,そしてセルロースが地球上と同様に宇宙あるいは地球外でも人間生活上重要な資源であり続けることができるのか,生物進化と宇宙開拓の二つの観点で,極めて先端的な課題と認識しています。
所属組織の宣伝で恐縮ですが,私の在籍する「京都大学生存圏研究所」の掲げる研究ミッションの一つに「宇宙生存環境」がございます。宇宙空間は人類の生存のために開発が求められている空間であり,また人間の生活に影響を及ぼす重要な空間でもあるとの認識を持って研究所活動を行っております。本プロジェクトへの参画により,私個人は生物素材の研究を上記の視点で行う機会を頂いたと考えています。宇宙開拓と生物素材,両方の観点で人類の生存に資する研究成果を引き出すべく努力致します。
東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻森林化学研究室(五十嵐研究室)にて講師をしております砂川 直輝と申します。
私は本研究プロジェクトの共同研究者である北海道大学 田島先生の下で酢酸菌におけるセルロースの生合成研究を題材に博士号を取得し、現在まで森林化学研究室において加リン酸分解酵素を用いたセルロースの生合成研究に携わってまいりました。
セルロースは澱粉と同じD-グルコースがβ-1,4結合によって連なった天然高分子であり、自然界では植物に加え、酢酸菌などのバクテリアやホヤ類などの生物がセルロースを合成し自身の生存に活用しています。このようなセルロースを作り、活用している生物では、細胞表層でセルロース分子を規則正しく並べながら伸ばしていくという事を行うことで、鋼鉄にも匹敵する強度を持った繊維状のセルロースを作り出しています。私自身を含め、これまで多くの研究者がこの生物におけるセルロースの合成に倣い人工的なセルロース繊維の製造を行おうと取り組んできましたが、未だ生物が作っている様なセルロースを作り上げることは出来ていません。
今回のプロジェクトでは宇宙空間と言うスペシャルな反応環境を利用する事により、地上での実験にて生じる想定外の外的要因を排除した化学反応を実施する事が出来ると想定されます。これら新しい環境での実験活動を通じ、人類が古くから用いているにも関わらず解っているようで解らないセルロースと言う材料の理解に向けた新しい知見が得られることを期待します。
コンフォーカルサイエンスの田仲です。
私どもの会社では、ながらく宇宙実験で高品質なタンパク質結晶を生成する技術を幅広く開発、ご提供してきました。現在、国際宇宙ステーションで宇宙航空研究開発機構(JAXA)が実施しているJAXA PCG宇宙実験、ならびに有人宇宙システム株式会社(JAMSS)が実施しているKirara宇宙実験の結晶化容器には、弊社の製品が使用されています。また、宇宙実験でタンパク質結晶が高品質化するメカニズムの研究にも取組み、その知見をもとに、最近では宇宙実験に適した結晶化条件を利用者にご提案させていただくことも可能となっております。
五十嵐先生とは10年ほど前から、宇宙実験で高品質なセルラーゼ結晶を生成する技術を支援させていただいておりました。また3年前からKirara宇宙実験を用いて、セルロースの宇宙実験での合成も技術支援させていただき、初めて均一な合成セルロースを宇宙実験で得ることに成功いたしました。
タンパク質の結晶化で得た知見や技術は、セルロースの合成にも応用できるものが多々あります。宇宙実験には様々な制約がありますが、これまでの経験を生かして、反応開始の方法や反応容器の考案と製作で貢献いたしたく思います。一方、タンパク質結晶の高品質化の場合には、結晶成長メカニズムの研究者が微小重力効果について、理論ならびに実験により知見を蓄積してきました。セルロース合成の場合にも、その反応メカニズムに対する微小重力効果を明らかにすることで、より研究分野を深化、発展させられることを期待いたしております。